専門学校で広告の授業を取り入れました


前回予告したとおり、「ゲームメディア概論」の第4回目の授業では「宣伝・広告」について取り上げました。理由の一つとして昨年度より、どうしても企画専攻よりの授業が増えてしまい、宣伝専攻の学生がわりをくってしまうように感じていたからです。もっとも、企画も宣伝も「コンセプトにそって考える」という根っこの部分は同じです。また、今年からいろいろと宣伝や広告コピーに関する本を読んでいて、考えるところもあったので、授業で取り上げてみました。

古いゲーマーの方ならご存じかと思いますが、「ほぼ日」の糸井重里氏や、「広告批評」の天野祐吉氏など、広告・宣伝の世界の人がゲーム業界に興味を寄せた時期がありました。1980-1990年代のことです。そこには広告業界特有の嗅覚にとどまらず、広告とゲームの同質性に関する鋭い視線がありました。「ゲームも広告も生活必需品ではない」「だからこそ知恵を絞らなければいけない」という問題意識です。

その上であらためて考えてみると、どちらも「プレイヤー&視聴者に対して、無意識のうちに特定の行動を要求する」という特性があることがわかります。広告の最大の目的は「視聴者に商品を買ってもらうこと」です。広告宣伝費だけかけて、売上があがらない広告は、広告主にとって悪夢です。一方でコピーライターがいくら「買ってください」と声を上げても、視聴者から無視されるのはあきらかでしょう。

これはゲームでも同じで、やらされているゲームほどつまらないものはありません。ただ、世の中に「やらされている」チュートリアルがなんと多いことか! 特にF2Pゲームが主流になって、この手のチュートリアルが業界を席巻しています。その一方で初心者が広告コピーを書くと、大半が「ぜひ購入してみては如何でしょう?」的な、駄目なチュートリアル的なコピーしか書けなかったりするんですよね。まあ、最初のうちは仕方が無いんですが・・・。

というわけでゲームも広告も「ユーザーに押しつけがましくなく、特定の行動を促す」ためにデザインされていることを感じてもらいたくて、名作TVCMの鑑賞にたっぷりと時間を取りました。TVCMの地位低下が叫ばれて久しいですが、マスに対して一定のメッセージを発信するという意味では、まだまだ大きな力を持っています。広告コピーについても同様で、消費者のインサイトを的確に鷲掴みにするものばかりです。

特にニンテンドーDSの最初のCMは反則すれすれで、あの衣装で宇多田ヒカルに「さわってみても良いですか?」と言わせるのは、もう広告コピーのお手本ではないでしょうか? 広告主である任天堂としては、新しいゲーム機に「さわってみませんか?」と言いたいはず。そこをグッとこらえて視聴者代表である宇多田ヒカルに「さわってみても良いですか?」と言わせる(しかも本音で言っているように見える)というのは、(胸元の穴はさておき)破壊力抜群でしたね。

その後、「若者が、もっと古本屋を利用するようなコピーを考える」という課題を出しました。結果については次回の更新でご紹介します。ちなみにこれ、「広告コピーってこう書くんだ!読本」(宣伝会議)で紹介されていたものです。本書には同じく「東京駅朝6時発、新大阪駅朝8時半着ののぞみ号を満席にしてください」という課題コピーの例も掲載されていました。同じく次回の授業で取り上げてみたいと思います。