今年も東京工芸大学で授業をしました


ありがたいことに今年もミスターパックマンこと岩谷徹先生にお呼びいただき、東京工芸大学でゲスト講義を行ってきました。授業は「ゲーム学1」で、映像学部の全学生(1~4年生)とゲーム学科の1年生むけの2コマ。同じ授業内容で午前中に1コマやり、昼休みを挟んでもう1コマという強行軍です。いや、専門学校と違って90分喋りっぱなしというのは、疲れますね。。。学生も静かに座って聞いてくれて、偉いなあと思います。

さて、毎回この授業では、その時々の問題意識にあわせて、好き勝手に喋らせてもらっているのですが、今回はゴールデンサークル理論を振り出しに、学生に川柳を作ってもらうことにしました。というのも去年授業をやったとき、学生から「それで、何からはじめたらいいでしょうか?」という質問を受けて、愕然としたから。いやー何も聞く側のことを考えてなかったなあと反省したわけです。

スライドでも書いていますが、川柳には「あるある」という共感の笑いだけでなく、社会批評的な側面も含んでいます。なぜなら、5・7・5の12文字で状況を切り取ることで、対象の抽象化と誇張化が自然と行われるから。実際、優れた川柳には1コママンガのような味わいがあります。そしてそのためには、対象物と自分との関係性を客観的な立場から見つめ直すことが重要だと感じたからです。

学生が書いてくれた川柳はどれも興味深いものでしたが、中でもおもしろかったのは「コンビニが歩いてこっちにこないかな」と「ファミキチが入ってないと気づく家」でした。前者は近い将来ドローンによる宅配がスタートしそうですし、スーパーの移動販売や生協の移動宅配ならすでに存在します。後者はIoTを活用し、スマホで在庫状況を知らせるサービスにつながりそうですよね。

また、レジ前に長い行列ができて、肝心の買い物がゆっくりできなかったり、昼休みが短くなってしまうといった問題を扱った川柳もありました。こちらも最近、AI技術による無人コンビニの実験店舗がオープンするなど、状況が変わりつつあります。こんなふうに、ちょっとした思いつきでやってみた川柳ワークショップでしたが、意外におもしろいものが出てきて驚かされました。

でもって本当はマンガやゲームもまた、現実の抽象化と誇張化から生まれること。既存のゲームのルールを改編して新しいゲームを作るのではなく、現実を観察することから始めるといいことなどを説明し、ウィル・ライトの「シムズ」開発エピソードにつなげるつもりでした(自宅が全焼→新築→家財道具購入がゲームのヒントになった)。スライド2枚をつけておきますのでご参照ください。