カナダのゲームやアニメスタジオを巡るうちに、気づいた点が一つある。それはクリエーターのクオリティー・オブ・ライフ(生活の質)を守る姿勢だ。
「心の風邪」などと言われ、最近では国民病的な扱いも受けているうつ病。日本のゲーム業界でもうつ病に悩むクリエーターは多い。今でこそ改善の動きがあるが、机の下に寝袋が常備され、納期間近には徹夜作業が続くのが当たり前という厳しい労働慣行がある。これはアメリカでも同じで、納期に追い立てられて無理な仕事を続けたあげく、ゲーム完成後にやる気を失って退職してしまう「燃え尽き症候群」が問題となっている。労働条件の改善を求める訴訟も起きており、大企業にとってリスクとなっている。
一方カナダでは、景観の保持と家賃の安さなどから、デジタル系の企業が19世紀に建てられた工場の跡地などを改装して、入居する例がある。どの建物も天井が高く、中は広々として清潔に保たれており、日本と比べれば1人あたり約2倍のスペースが当てられている。自転車通勤用にハンガーやシャワー室が常備されている会社も珍しくない。夏は、昼食を外の芝生で食べるなどの光景も見られる。初任給も年3万〜4万ドル(330万〜440万円)と日本より高い。
オンタリオ州トロントのゲームスタジオ、グルーブゲームズ社を訪ねた。06年1月に創業、従業員25人のベンチャーで、3Dアクションや一人称視点シューティングを得意としている。現在はプレイステーション3、Xbox360、パソコン向けに新作ゲームを開発中だ。スタジオは、カナダ建国以前の1830年代に建てられたビクトリア朝風の製糸工場跡に入居しており、ゲームの舞台にも活用されている。他にも多くのデジタル系企業が入居している。
「僕の体を切ると黒沢明の血が流れているよ」と言うのは、同社の統括ゲームディレクター、ザンドロ・チャンさん。尊敬するのは小島秀夫さん(コナミ)や中裕司さん(元セガ、現プロペ)ら日本のゲームクリエーターだ。「ぎゅうぎゅう詰めに働いても効率は上がらない」と言い、平均労働時間は8〜9時間。初年度で10日から2週間の有給休暇がとれ、消化率も高い。そもそも「有給を取らずに働くことが美徳という感覚がない」と語る。英アイドス・インタラクティブのモントリオールスタジオでも、残業は就業時間の5〜10%以内に抑えている。
ゲームの完成度は最後の調整段階で大きく変わる。そのため納期間近になると、日本では徹夜で調整を続ける例が一般的だが、これが言い訳になって残業が恒常化している側面もある。逆に欧米のゲームで調整不足のゲームが目立つのも、勤務体制の違いがあると言えるかもしれない。
最近では、ゲーム開発の大型化が進んでいるが、「ペースを守って計画的に開発を行うノウハウが、優れたゲーム作りの土台になる」として注目を集めている。日本の企業も、カナダのゲーム開発手法に学ぶ点は多そうだ。(初出:まんたんウェブ2008年1月2日)