「Old Man’s Journey -おじいちゃんの記憶を巡る旅」開発者メールインタビュー


「地形を変化させる」という斬新なアイディアと、絵本のようにノスタルジックで美しいビジュアルの組み合わせが鮮烈な「Old Man’s Journey -おじいちゃんの記憶を巡る旅」。東京ゲームショウ2107で行われたセンスオブワンダーナイトでファイナリストに輝いたタイトルです。本作のレビューを書くにあたり、開発元のBroken Rulesにメールインタビューを行ったところ、CEOのフェリックス・ボハチュ氏から思いがけず長文のメッセージが届きましたので、こちらで紹介します。

ーーホームページを拝見して、御社がウィーンになる非常に小さなインディゲーム開発会社だと知りました。「Old Man’s Journey -おじいちゃんの記憶を巡る旅」の開発では、Salon AlpinとSCNTFCからのサポートを得たと思いますが、どのような協業がなされたのでしょうか?

「Old Man’s Journey」はクレメンス・スコットと自分とで作り上げた、自慢の息子みたいなものです。私たちは自分たちのことを「ビジョンキーパー」と呼んでいます。私たちは、自分たちがどんなゲームを作りたいのかハッキリするまで、ずいぶん長い時間をかけました。ゲームデザインが固まる過程で、私たちはウィーンビジネスエージェンシーによる公的資金への応募に成功し、インディファンドとして知られる投資家の一団を自分たちのボードメンバーに迎えました。予算が獲得できたところで、開発チームの編成にかかりました。Salon Alpinのことは前から知っていて、ビジュアル面でのストーリーテリングで協業したいと思っていました。彼らはキャラクターとストーリーと、言うまでもなくゲームデザイン面でも、老人の記憶をアニメーションで描くという面で、多大な貢献をしてくれました。SCNTFCは才能あふれる作曲家で、彼の音楽なしには「Old Man’s Journey」の魅力も半減したでしょう。

 

ーー開発チームは何人でしたか? また完成までに何ヶ月かかりましたか?

最初のアイディア出しから発売まで2年かかりました。合計で11人が開発に参加しています。しかし、全員がフルタイムで働いていたわけではありません。核となるチームは6名で、そのうち3人がフルタイムで3人がパートタイムでした。そして彼らは「Old Man’s Journey」の開発中、1年半参加してくれました。

ーーUnityのようなゲームエンジンや、特別なツールやミドルウェアは使いましたか?

はい、「Old Man’s Journey」の制作にはUnityを使いました。Unityに機能を追加する上でいくつかアセットを使用しています。中でも「Prefab Evolution」「Super Splines」「Sprite Sharp」は非常に役に立ちました。

ーー「地形を変化させる」というゲームメカニクスは非常に斬新ですが、いつ、どのようにこのアイディアを思いついたのですか?

私たちのゲーム制作は、そのほとんどがゲームメカニクスの設計から始まります。「Old Man’s Journey」の制作も例外ではありませんでした。私たちはタッチデバイスにむく何かを作りたくて、どんなことができるか、何度かブレインストーミングを繰り返しました。ブレインストーミングで何か特別なアイディアが得られたわけではありませんでしたが、ある時に天啓が降りてきたのです。ある晩、私は友人が立っている写真を眺めていました。背景には丘陵地帯がつらなっていました。その時、この丘陵地帯を指でなぞって操作したいという思いがわいたのです。この思いつきは非常に刺激的で、この写真の中にキャラクターを配置し、遠くまで歩いて行く様を眺めてみたいと思ったのです。

ーー他にもいろいろなゲームジャンルが考えられたと思いますが、なぜ「地形を変化させる」というアイディアを核に、アドベンチャーゲームを作ろうと思ったのでしょうか? おそらくゲームメカニクスの設計が先で、ストーリーがその次に浮かんできたのだと思いますが、実際はどうでしたか?

そのとおりです。私はこのアイディアをクレメンスに提示しました。そして、私たちはすぐにキャラクターについて焦点を当て始めました。先ほどの写真をみて思ったのは、放浪に対する憧れのようなもので、私たちはこうした感情をゲームに込めたいと考えました。私たちはこのキャラクターが誰で、なぜその人物が旅を続け、遠くまで移動しようと思うのか自問自答しました。すぐに、家族というテーマが浮かんだのです。

ーー日本のインディゲーム開発者は、美少女か無生物(ロボットなど)が主人公のゲームを作りたがる傾向にあります。ゲーム作りは苛酷なため、開発者も自然と自分たちが好むモチーフを選択しがちなのです。そのうえで、なぜ家族を失った老人の物語に関するゲームを作ろうと思ったのですか? 

ええ、ゲーム作りは苛酷で、成功のチャンスはほんのわずかです。だからこそクレメンスと私にとって、二人が共に心から共感できるモチーフを選ぶことが、非常に重要でした。2009年に創業して以来、弊社は4本のゲームをリリースしてきました。その間に私たちのメンバーは家庭を持ち、合計8人の子どもが生まれました。仕事と家庭を両立させることは、過去数年間にわたって、私たち全員にとって切実なテーマだったのです。これがクレメンスと私が本作を作るにあたって家族をモチーフに決めた最大の理由でした。その上で私たちは「モニュメントバレー」のゲームデザイナーであるKen Wongの「ゲームプレイを通した体験」というデザイン信条に影響を受け、私たちは旅の全体像に焦点を当て、プレイヤーのウィットやスキルに挑戦するのではなく、彼らが触れる世界を作ろうと決めました。

ーーこの老人は元船乗りで、南欧に住んでいるような印象を受けます。なぜ、このような設定にしたのでしょうか? 御社はオーストリアのディベロッパーだと思いますが・・・

そのとおりですね。本作の世界観はイタリア、ギリシャ、南仏といった国々をモチーフにしています。こういった国々は、オーストリアだけでなく、世界中の人々にとって、なにかバケーションや旅行といったイメージがあります。太陽がふりそそぐ明るい雰囲気と、古ぼけた絵はがきといったイメージを作りたかったのです。そして、そういう世界の丘陵を見ながら、ゲーム内の時間をすごしてほしかったのです。

ーーアートスタイルがとても個性的で、多くの日本人にとって「絵本のような世界」のように感じられます。何か影響を受けた作品はありますか? 本・映画・写真など、なんでもかまいません。

フランス、イタリア、スペイン、ギリシャといった国々の絵はがきや、観光地の写真から影響を受けました。また、映画「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」や、アイヴァンド・アール、Elle Michalka、井筒啓之、Szymon Biernacki、スコット・ウィルズといった画家やイラストレーターの作品群から、より直接的な影響をゲームに受けています。

ーーこのゲームは非常にシンプルですが、そのため制作中にテスターなどから、ゲームをもっとおもしろくしたり、プレイ時間を長くするために、何かアイテムなどを加えたり、もっとパズルの種類を増やしたりすべきだとフィードバックを受けたのではないかと思います。実際にそういったことはありましたか? なぜゲームをシンプルに保とうとしたのでしょうか?

確かに、もっとゲームプレイを挑戦的にすべきだという声はありました。しかし、そういったゲームを作りたいわけではありませんでした。すでに、そういったゲームはたくさんありますし、名作もたくさんありますので、何かそういったゲームとは違ったものを作りたかったのです。私たちは「Old Man’s Journey」を、頭を振り絞って考えなければクリアできないパズルゲームにはしたくありませんでした。知的なおもしろさを提供しつつ、フラストレーションをためないようなゲームにしたかったのです。ゲームメカニクスにとって重要なことは、プレイヤーの知恵を試すのではなく、主人公である老人の感情を強めるようなものにすることでした。このことはまた、ゲームメカニクスだけでなく、ゲーム内のすべての要素において共通するテーマでした。また、私たちはあらゆる年代の人々、あらゆる文化の人々が楽しめるようなゲームを作りたかったので、一定のリテラシーを必要とするようなゲームにしてしまうと、プレイヤーを限定してしまうという危惧がありました。

ーー何か実装をあきらめたアイディアはありましたか? 個人的な感想ですが、主人公が過去のトラウマと向き合ってから以降が、少し短かったかなという気もしました。

もっと多くのゲームプレイに関するアイディアがあり、プロトタイプを作ったり、テストをしたりしましたが、それらの幾つかは廃棄処分にしました。あまりよくなかったり、難しすぎたり、うまくゲームにはまらなかったりしたからです。繰り返しになりますが、私たちは長時間プレイするゲームを作りたくはありませんでした。ユニークで特別なレベルデザインを有していて、可能な限り繰り返しを排除することが重要でした。私たちは制作中、いつも90分で満足してもらえるような体験の想像をめざしていました。短いが、強い感情を提供する90分です。

ーー本作ではプレイヤーは老人の幸せとは言いがたい記憶を、ゲーム内のイベントシーンを通して経験します。しかし、その一方でプレイヤーはこの時、パズルを解いたことで喜びの感情を得てもいます。このサークル(プレイヤーはゲームメカニクスを通して楽しいという感情を得るが、その一方で主人公はイベントシーンで悲しい経験をしている)は幾つかのゲームに共通して見られるものですが、この点において、何か影響を受けたゲームはありますか?

「Old Man’s Journey」を作る上で影響を受けたゲームがいくつかあります。大ざっぱにいって、「モニュメントバレー」「ブラザーズ:2人の息子の物語」「Sword & Sworcery」「Icycle」「Year Walk」「Flower」「風ノ旅ビト」などです。

ーーなぜノンバーバルなゲーム(言語に依存しないゲーム)を作られたのでしょうか? 御社がヨーロッパにあることと、何か関係がありますか? 個人的な感想ですが、日本のゲーム開発者は無意識のうちに日本語のテキストが満載のゲームを作る傾向にあります。なぜなら、私たちは日本に住んでいるからです。

私たちは感情のレベルでプレイヤーに訴えかけるゲームを作りたくて、これは言葉のような抽象的なツールを使うよりも、もっと難しい命題でした。特に良いシナリオライターでなければ、なおさらです。そこで私たちはイラストを使うことに決めました。イラストは人々の心に直接訴えかけることができて、自分の人生をゲームに重ね合わせることができ、老人のストーリーに感情移入させられる、優れたツールです。付け加えると、ゲームをローカライズするコストを抑えたかったということもあります。やったね!

ーーインディファンドとウィーンビジネスエージェンシーのサポートを受けた点に関心があります。もう少しこの二つについて教えてもらえますか? 何か資金面での支援を受けたのでしょうか? 日本ではこうした政府や公共団体による支援が存在しないので、とても興味深く感じられます。

ウィーンビジネスエージェンシーの目的はウィーンのクリエイティブ産業を育成し、彼らの創造的な強みを伸ばすことにあります。ゲーム以外に、ファッション、デザイン、映画が対象分野です。彼らの支援にはとても感謝しています。なぜなら資金的なサポートを受けたことで、ゲーム全体のクリエイティブコントロールを確かなものにできたからです。 インディファンドはインディーズゲーム開発者の集まりで、彼らが得た資金を他のゲームに投資しています。彼らのほとんどは北米出身ですが、ヨーロッパの投資家もいました。リスクの高い投資ですが、その取引は公正であり、その条件は一般に公開されています。

ーー最後に日本のゲーマーに対して、メッセージをお願いします。

私はゲームが人々をつなぐ光景をみました。クリエイターはオーディエンスと作品でもって交流することができます。なぜなら作品はクリエイターのすべてを表現しているからです。「Old Man’s Journey」は私にとって特別な作品であり、このゲームで私は世界中の人々の心に触れることができました。このゲームが日本の人々にとっても同様に興味深いものであることを祈願すると共に、いつの日か日本に旅行して、日本の文化に触れたいと思っています。