遊びとゲームとEMSフレームワーク


お久しぶりです。ちょっと更新に時間がかかってしまいました。すでにベースとなる授業資料は共有されていますが、あれを全部最初からやるというわけではなく、ポイントをかいつまんで進めています。第一回目はイントロダクションとして三目並べワークショップ。第二回目はUnityの玉転がしワークショップで終わりまして、第三回目からいよいよ本格的な授業を開始しています。

その上で今期は大きく授業スタイルを変えました。まず1時間目の授業はPCルームではなく、地下1Fにあるカフェで実施するようにしました。PCルームだと机が動かせずにグループ演習がしづらいからです。その上でスライドではなく、ワークシートを学生に提示して、それに即して授業を進めるようにしました。また、ホワイトボードを多用して、その場で書いて説明するようにしました。

また、授業の前に必ずくじを引いて、席替えをするようにしました。これには下記の理由があります。その結果、グループワークは日本語での会話がベースではあるものの、時として中国語や韓国語が混じり合う国際的な感じになりました。

  • 後ろの席だとモニターやホワイトボードが見にくいので、座席ごとの不公平感を解消する
  • 学生が大きく中国系・韓国系・日本人・その他に分かれており、ほおっておくと出身別にかたまりがちなので、意図してバラバラにする

他に注意した点として、2大NGワードを設定しました。「クソゲー」と「ゲーム性」です。

まず前者についてですが、学生が作るゲームが「クソゲー」になるのは当たり前なんですね。ゲーム作りを学びに来ているのだから当然です。ところが学生は謙遜心からか、つい「クソゲー」を言い訳にしちゃいがちなんですよ。そうではなくて、「未完成のゲーム」という意識を持つことが大事です。そこで「クソゲー」をNGワード認定しました。

続いて後者ですが、自分の知る限り「ゲーム性」という言葉は英語には存在しません。「ゲーム性がある/ない」「ゲーム性が同じ/異なる」「ゲーム性が濃い/薄い」など、さまざまな意味があり、日本人同士でも意味が文脈に依存しがちです。いわんや留学生の方が日本人学生よりも多いため、混乱すること必至です。そのため授業内では別の言葉で言い換えるように指導しました。

その上で繰り返しになりますが、本授業のねらいは「ゲームのおもしろさを構造的に理解し、文章で説明できるようになること」です。その上で大半の学生はゲームデザイナーになりたいと思っています。そのためにはゲームの企画について学ぶだけでなく、自分たちが作っているゲームを客観的な視点からチェックできるようになる必要があります。

ところがゲームは技術進化に伴って、どんどん形を変えていくので、本質的な理解が不足したままだと、間違って判断しちゃうことがあるんですよ。「こんなのゲームじゃない」というのは、その代表的な例です。今になってみると信じられないかもしれませんが、「ドラクエなんてゲームじゃない」(=時間をかければ誰でもクリアできるから)なんて言説が普通に飛び交っていましたからね。。。

というわけで、こうした愚に陥らないためには遠回りなようでいて、一回「遊びとは何か」「ゲームとは何か」について、授業で触れておく必要がある。その上で幸か不幸か日本では遊びやゲームの定義について厳密に考えた経験が無かったからこそ、「どうぶつの森」やビジュアルノゲルゲームのような新機軸のゲームが多数リリースされたのではないかと思う今日この頃でした。